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令和5年夏期入峯修行④阿弥陀ヶ森~大普賢岳・水太覗き

小篠からは暫く石畳が敷かれた道を登ります。
所々階段の石積みなども残る道を歩かせて頂くと往時の小篠の繁栄と先人の情熱を感じずには居れません。
竜ヶ岳の山頂を巻くように尾根道に入って行くと大きく展望が開けます。
この辺りは樹木更新の真っ最中で私が新客で入峯した時にはトウヒやシラビソの大木が生える道でしたが今は大きな木は倒れたり立ち枯れしたりして若木が元気に成長しています。
やがてこの木々が大きくなればこの展望も隠される事でしょう。

尾根伝いに歩みを進めるとやがて熊野側の女人結界門に行きつきます。
この場所は歩んできた吉野方面からの道と北東方面川上村柏木からの道、南に延びる熊野方面への奥駈道とが交わる辻になっています。
結界門の北東に広がる広葉樹が美しい緩やかな山一帯が第65靡の阿弥陀ヶ森です。
頂上には弥陀の来迎石が有ると伝わりますが山頂は踏まずに遥拝します。

阿弥陀ヶ森からは南へ奥駈け道を進みます。
小篠から登った分を一気に下って行くと開けた広場に出ます。
ここが第64靡「脇の宿」です。
かつては中央にシンボリックな大木が聳えていましたが2018年の台風21号の猛威にさらされて途中で折れてしまいました。

本来の信仰対象は金剛童子の居所とも伝わる磐座なのですが現今は折れてしまった後もこの大木に向かってお勤めをしています。

大木が元気だったころは枝葉が茂って木陰となっていたところに光が入って新たな植生を促しています。

脇の宿は「元小篠」とも「大篠」とも呼ばれ、古来から大変重要な行場であったようで多くの口伝が有ります。
また、この場所からは両側の谷に向けて沢山の窟や滝がありこの宿を拠点に修行に出かけていたようです。
一説には聖宝尊師が金剛王童子居ます宮殿に導かれたのはこの地であるとも言われ、後に水の便の良い現在の小篠に修行の拠点が移されたとも伝わります。
画像奥が金剛童子の居所と伝わる磐座です。

脇の宿からは明王岳を超えてダラダラ登りを繰り返しながら経筥石を目指します。
例年は風邪も通らず蒸し暑い辛い行程ですが、今年は日程が早い時期であったので暑さも無く、道中にはシロヤシオ(五葉ツツジ)や名残りの石楠花が迎えてくれて楽しい行程となりました。

とは言えやはり登りが続くと辛いもので、「懺悔 懺悔 六根清浄」の掛け念仏の唱和に押され引き上げられながら脇の宿遥拝所に到着。息を整えて勤行をお勤めします。
ここで荷物を下ろして新客と担当の奉行は本来の行場「経筥石」を目指します。

遥拝所から東の山葵谷方面に延びる薄い踏み跡の先に経筥石への降り口が有ります。
急な斜面を降りていくと山葵谷を挟んで今まさに大普賢組が行じている和佐又から続く山並みを一望できますが・・・崩落している場所があったり年々足元が危なくなって、過去には滑落事故も有った場所なので気を引き締めなければいけません。
今回もご加護を頂いて全員無事に行じさせて頂くことが出来ました。
以下経筥石の伝承を簡単に記しておきます。

承久二年、夜中に山上本堂の僧が大普賢岳の脇から一条の光が立ち上っているのを不思議に思い光を頼りに尋ねると、断崖の岩肌に彫られた経筥の蓋の隙間から光が放たれていた。
蓋を開けてみると法華経八巻が納められていたので山中で朽ちるのを勿体なく思った僧は経巻を山上本堂に持ち帰り御宝前に奉った。
而してその夜、山上本堂に落雷があり雷鳴と共にその経巻は忽然と消えてしまった。

経筥石でお勤めを済ませ、元来た道を慎重に登り返して度衆と合流。
少しの休憩を取って再び先を目指します。

経筥石遥拝所から10分ほどの急登を登ると吉野側の小普賢岳で勤行です。
大普賢の脇には小普賢岳が二つあります。
もう一つは和佐又へ下る途中、文殊岳(日本岳)と共に山行きさんに大普賢三兄弟と呼ばれている一座です。

この辺りから吹く法螺の音は大普賢組のメンバーにも聞こえる事が多いようです。

小普賢岳から急な斜面を下り、ゆるく登り返すと大普賢岳直下で和佐又からの道と合流します。
今年は我々山上組の方が早く着いたので大普賢組を法螺の音でお出迎え。

皆さん無事に合流できたお礼を込めていつもはここで大普賢岳を勤行するのですが、今年はとびきりのお天気なので大普賢に上らせて頂いて、水太覗きまで足を延ばすことに。

「着いた!」と安堵していた体にもうひと頑張りしてもらって掛け念仏をしながら山頂を目指します。

大普賢岳は奥駈峯中で数少ない山頂を踏むお山です。
神仏の仏頂と感じて山頂は踏まない事が多い修験のお山ですが、例外的に教義的な意味があったり時代の変遷の中で山頂を踏むお山がいくつかあります。
時間が掛かるので現在は奥駈けでも巻道を使う事が多いですが、本来この大普賢は教義的な意味があって山頂を踏むお山です。
大なる普賢=金剛薩埵である事を知ればその意味は自ずから智得出来る事と思います。

絶好の天候に恵まれた山頂からは北西方面に稲村岳~大日山~念仏山~山上ヶ岳の山々が、
南から南西方面には七曜岳~行者還岳~弁天の森を経て弥山に至る奥駈の山々が一望できました!
が・・・見るのに一生懸命で誰も写真を撮ってないという今時らしからぬ大失態・・・(^^;)

山頂では沢山の登山の方が居られましたが、合掌して過ぎて行かれる方や中にはお勤めの間ずっと手を合わせて一緒にお祈りして下さる方なども居られて、やはり大峯は信仰が生きているお山なんだと実感しました。

大普賢から下って、水太覗きへ。
振り返ればシロヤシオに彩られた大普賢岳。水太谷の向こうには大台の山並。
贅沢な景色の中でお昼ご飯を頂きます!
以下は写真にキャプションをつけさせて頂きます!

というわけで、もう秋も本番という時期にまだ終わらない「夏期」入峯修行のブログですが・・・
次回で本編は終了予定ですのでもう少しだけお付き合いください!
続けて「秋季」入峯修行のブログもなる早で頑張ります!

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